ラーメンを食べ終えたあと、丼のふちをぐるりと囲む「四角い渦巻き模様」をぼんやり眺めたことはありませんか。あの幾何学的な連続模様、実は正式な名前があって、しかも三千年以上前の古代中国にまでさかのぼる由緒正しい文様なのです。
結論から言えば、あの模様は雷文(らいもん)。稲妻をかたどった縁起物で、「天の意志」「豊作」「魔除け」といった願いが込められています。さらに丼には龍や鳳凰、双喜紋(囍)まで描かれ、一杯のラーメンは実に多くの吉祥のシンボルに囲まれているのです。
そして最大の意外性は、この雷文入りラーメン丼が「日本生まれ」である可能性が高いこと。本場・中国の麺料理の器には、あの模様はほとんど見当たりません。この記事では、ラーメン丼の模様一つひとつの意味と、知れば次の一杯が何倍も味わい深くなる背景を、ラーメンへの敬意を込めて徹底的に掘り下げます。
・ラーメン丼のふちの渦巻き模様「雷文」の正体と意味
・龍・鳳凰・双喜紋(囍)それぞれに込められた縁起
・雷文入りラーメン丼が「日本発祥」とされる理由
・模様を知って一杯をもっと楽しむ選び方と食べ方
ラーメン丼のふちの渦巻き模様の正体は「雷文」だった|その意味とは

ラーメン丼といって多くの人が思い浮かべるのが、白地に赤、そしてふちを一周する角ばった渦巻き模様でしょう。これこそが雷文(らいもん)。稲妻を図案化した文様で、単なる飾りではなく「縁起の良さ」を丼に宿すための、れっきとした意味を持つデザインなのです。まずはこの模様の基本から紐解いていきましょう。
雷文(らいもん)とは何か|稲妻をかたどった幾何学模様
雷文とは、その名の通り「雷(稲妻)」を図案化した幾何学模様です。角を直角に折り曲げながら方形の渦を巻いていく形が、空を走る稲妻の閃光を思わせることからこう呼ばれます。「雷紋」と書かれることも多く、どちらも読みは「らいもん」で、指すものは同じです。ギリシャ建築の帯装飾「メアンダー」とも似た、世界各地で見られる普遍的な連続文様の一種でもあります。中国では新石器時代の土器にすでに原型が現れ、殷・周時代の青銅器で洗練された装飾として完成されました。つまり雷文は、人類が「同じ形を規則正しく繰り返す美」に目覚めた、極めて古い造形意識の結晶なのです。ラーメン丼のふちで無限に続くあの連続感は、数千年の時を超えて受け継がれた美意識そのものだと思うと、なんだか一杯が重みを増して感じられます。
なぜ丼のふちを一周するのか|「途切れない=永遠」の願い
雷文がなぜ丼のふちをぐるりと一周する形で描かれるのか。ここには明確な意味があります。方形の渦が途切れることなく連続する=「永遠に続く」という発想です。中国では古くから、切れ目のない連続文様は「繁栄が絶えず続く」「幸福が途切れない」ことの象徴とされてきました。飲食店の器にこの模様が使われるのは、「商売繁盛が永遠に続くように」というお店側の願いと、「お客様の幸運が続くように」という祈りが重ねられているからです。ラーメン店の大将が意識しているかどうかは別として、あなたが手にしている丼には、店の繁盛と客の幸せという二重の願いがぐるりと巻きついているわけです。ふちを指でなぞってみると、始点も終点も見つからない。この「終わらなさ」こそが雷文最大のメッセージなのです。
「雷文」と「雷紋」、呼び方はどっちが正しい?
資料によって「雷文」と表記されたり「雷紋」と書かれたりして、どちらが正しいのか迷う方も多いはずです。結論を言えばどちらも正しく、意味の違いはほぼありません。「文」も「紋」も模様・文様を指す漢字で、文様研究や食文化の分野では「雷文」、器物の装飾を語る文脈では「雷紋」がよく使われる、という程度の緩やかな使い分けです。染織やのれんの世界でも両表記が混在しています。あえて深掘りすると、「文」は本来「あや=模様」を意味する古い字で、より学術的・伝統的なニュアンス。「紋」は家紋の「紋」に通じ、装飾としての図案を強調します。どちらで覚えても恥をかくことはありませんので、安心して蘊蓄を語ってください。
あの角ばった渦巻きを「うずまき」「グルグル」と呼ぶ人が多いのですが、正式名称は雷文(らいもん)。西洋建築のメアンダー文様や、家具の「卍崩し」ともルーツを同じくする、世界共通の”連続美”の一族です。次にラーメンを食べるとき、ぜひ正式名で呼んでみてください。
雷文の意味は三千年前の中国にさかのぼる|天の意志と豊作の象徴
雷文がただの装飾ではなく「縁起物」とされるのは、その背後に古代中国の壮大な世界観が横たわっているからです。雷を神と崇め、雨を恵みと信じた人々の祈りが、この幾何学模様には凝縮されています。ここでは雷文が背負う三千年分の意味を、じっくり読み解いていきましょう。
殷・周の青銅器に刻まれた最古の雷文
雷文の歴史は驚くほど古く、紀元前1500年頃の古代王朝・殷(いん)の時代にまでさかのぼります。味の素食の文化センターの解説によれば、雷文は中国の新石器時代の土器にすでに描かれ、殷・周時代の青銅器で装飾として確立されました。当時の青銅器は神への祭祀に使う神聖な道具であり、そこに雷文が刻まれたということは、この模様が単なる飾りではなく「聖なる意味」を担っていた証拠です。祭器の表面を埋め尽くす細かな雷文は、神と人とをつなぐ荘厳な結界のような役割を果たしていました。三千数百年前の祭祀の器に刻まれた模様が、令和のラーメン丼のふちで今も生き続けている――この時間的なスケールの大きさこそ、雷文というデザインの底知れぬ奥深さです。
陰陽が和して雷が鳴る|右巻きと左巻きの思想
雷文には、古代中国ならではの哲学的な解釈も残されています。方形の渦巻きが右巻きと左巻きで「陰陽」を表し、陰陽が和するところに雷が鳴るという思想です。世界のすべては陰と陽という相反する二つの気からなり、それがぶつかり調和する瞬間に雷鳴がとどろく――そんな壮大な自然観が、あの角ばった渦の中に折りたたまれているのです。つまり雷文の連続模様は、単なる稲妻の形ではなく、宇宙の理(ことわり)そのものを図案化したものとも言えます。ラーメン丼のふちを眺めながら「これは陰陽の交わりだ」と思うと、湯気の立つ一杯が急に哲学的に見えてくるから不思議です。デザインの一つひとつに意味を求める中国文様の奥深さが、ここに凝縮されています。
雷雨は豊作の象徴|農耕民族の切実な願い
雷文がとりわけ「縁起が良い」とされる最大の理由が、雷が「雨」を連れてくるからです。農耕を営む古代の人々にとって、雨は作物を潤し、実りをもたらす天からの恵みそのもの。雷鳴がとどろけば、やがて大地を潤す雨が降る。だからこそ雷は「万物を潤し、豊作をもたらす吉祥のしるし」として崇められました。雷文は青銅器・陶器・漆器・建築など、あらゆる場面で「豊かさ」を願うシンボルとして用いられてきたのです。食べ物を盛る器にこの模様があるのは、実に理にかなっています。「食に困らないように」「実り豊かであるように」という、人間の最も根源的な願いが、ラーメン丼のふちにも息づいているのです。空腹を満たす一杯の器として、これ以上ふさわしい模様はないと言えるでしょう。
迷路のような形は「魔除け」でもあった
雷文にはもう一つ、意外な役割があります。それが「魔除け」です。角を何度も折り曲げながら複雑に入り組んだ雷文の形は、まるで迷路のよう。この迷路状の模様が「魔物を迷わせ、器の中に近づけない」と信じられていました。日本の家紋や着物、のれんに雷文が使われるのも、この魔除けの意味合いが受け継がれているからです。豊作祈願と魔除け、この二つの願いを同時に叶える万能の縁起文様――それが雷文なのです。ラーメン丼の中身を邪気から守り、清らかに保つ結界。そう考えると、湯気の向こうに広がるスープが、なんだか神聖なものに思えてきませんか。
- 新石器時代:中国の土器に雷文の原型が現れる
- 紀元前1500年頃(殷):青銅器の装飾として雷文が確立、神聖な意味を担う
- 殷・周時代:陰陽思想と結びつき「豊作・魔除け」の吉祥文様に
- 大正末期:日本でラーメン丼の模様として採用され定番化
雷文入りラーメン丼は「日本生まれ」だった|浅草から広まった説

ここで多くの人が驚く事実をお伝えします。中国由来の雷文が描かれたラーメン丼、実はその「丼そのもの」は日本で生まれた発明品である可能性が極めて高いのです。本場のはずの中国の麺料理店には、あの模様の器がほとんど見当たりません。いったいなぜ、日本のラーメン丼だけが雷文をまとうことになったのでしょうか。
大正末期・西浅草「小松屋」二代目のひらめき
雷文入りラーメン丼の起源として広く語られるのが、東京・西浅草のエピソードです。かっぱ橋道具街に1909(明治42)年から続く業務用陶磁器店『小松屋』があり、その二代目店主が大正末期に、中国で縁起の良い雷紋の模様をラーメンの丼に入れることを思いついた――これが定番化のきっかけだとフードジャーナリストの山路力也氏らが伝えています。当時、中華そば(ラーメン)は日本で急速に人気を集めていた新しい食べ物。その器に「いかにも中国風」の縁起模様を添えることで、料理の異国情緒と縁起の良さを一気に演出したわけです。一人の職人のひらめきが、百年後の国民食の”顔”を決定づけた。ラーメン文化の奥には、こうした無名の工夫が何層にも積み重なっているのです。
なぜ「中国らしさ」の演出が必要だったのか
そもそも、なぜラーメン丼にわざわざ中国風の模様を入れる必要があったのでしょうか。答えは「ラーメンが”中華料理”としてブランディングされていたから」です。明治から大正にかけて、ラーメンは「南京そば」「支那そば」などと呼ばれ、異国情緒あふれる新しいご馳走として広まりました。その魅力を最大化するには、味だけでなく「見た目の演出」が欠かせません。雷文や龍、鳳凰といった中国の縁起物で丼を飾り、側面を鮮やかな赤で染める。こうして生まれたのが、私たちがイメージする「赤巻に雷文」の王道ラーメン丼です。料理を”物語ごと”味わってもらう。この演出の巧みさこそ、日本のラーメン文化が世界に誇る発明の一つと言えるでしょう。
ラーメン専用の丼は日本の発明品
味の素食の文化センターの筆者は、「何十回も中国で麺を食べたが、雷紋のほどこされた日本のラーメン鉢に似た器に出会ったことは一度もない」と明言し、「ラーメン鉢は日本の発明品といってよい」と結論づけています。中国にも麺料理は無数にありますが、あの独特の深さと形、そして雷文の装飾を備えた「ラーメン専用丼」は、日本の食文化が独自に磨き上げた器なのです。中国生まれの雷文を、日本人が日本のラーメンのために再構成した――いわば「和魂漢才」の器。ラーメンそのものが日本で独自進化を遂げた料理であるように、それを盛る丼もまた、日本人の美意識と工夫の結晶なのです。
「雷文入りのラーメン丼は中国から丼ごと伝わった」と思われがちですが、これは誤りです。雷文という”模様”は中国由来ですが、それを施した”ラーメン丼”という器は日本で生まれたもの。本場・中国の麺の器に雷文はほとんど見られません。模様のルーツと器のルーツを分けて考えるのが、通の正しい理解です。
龍・鳳凰・双喜紋…雷文以外の縁起模様それぞれの意味
ラーメン丼を彩るのは雷文だけではありません。丼の内側や側面には、龍が舞い、鳳凰が羽ばたき、時には「囍」という不思議な文字が描かれています。これらもすべて、中国由来の由緒正しい縁起物。それぞれが背負う意味を知れば、丼を眺める目が確実に変わります。
龍|天帝の使者、皇帝だけが使えた最高位の霊獣
ラーメン丼の中でもひときわ迫力があるのが龍の絵柄です。龍は古代中国において「天帝の使者」としてあがめられた想像上の霊獣で、五穀の成就や繁栄をもたらす存在とされてきました。その格式は極めて高く、かつては皇帝以外の者が龍の意匠を使うことを禁じられた時代もあったほどです。まさに最高位のシンボル。それがラーメン丼に描かれるということは、「この一杯を食べるあなたに、皇帝級の幸運と繁栄を」という最大級の縁起担ぎなのです。とりわけ躍動感あふれる「昇り龍」は、運気の上昇を願うモチーフとして人気があります。ラーメン丼の底で睨みをきかせる龍は、あなたの幸運を守る守護獣というわけです。
鳳凰|鳳がオス・凰がメスの高貴な霊鳥
龍と対で描かれることが多いのが鳳凰(ほうおう)です。鳳凰は中国神話に由来する伝説の霊鳥で、中国で最も高貴な鳥とされ、幸運をもたらす存在として崇められてきました。意外と知られていないのが、「鳳」がオス、「凰」がメスを指すということ。二羽で一つの霊鳥をなし、古代中国ではそれぞれ皇帝と皇后の紋章を表していました。龍が皇帝の象徴なら、鳳凰は皇后の象徴。丼に龍と鳳凰が対で描かれていれば、それは「夫婦円満」「陰陽の調和」を願う最上級の吉祥図なのです。ラーメン一杯の器に皇帝と皇后が揃い踏み――そう考えると、なんとも贅沢な食卓ではありませんか。
双喜紋(囍)|結婚式と春節のための”喜び二重”マーク
ラーメン丼や中華の器で見かける、「喜」を横に二つ並べた不思議な文字「囍」。これは双喜紋(そうきもん)と呼ばれる縁起文様です。新郎新婦が二人並んで喜んでいる姿を文字にしたもので、喜びが二つ重なる=この上なくおめでたい、という意味を持ちます。本場の中華圏では結婚式や春節(旧正月)といった特別なお祝いの席で使われる、極めてめでたいマークです。ラーメン丼にこれが描かれていたら、それは「喜びが重なりますように」という祝福が込められた特別な一杯。何気なく使っている器に、実は結婚式級の祝意が宿っていたと知れば、日常のラーメンも少しだけ晴れやかに感じられるはずです。
「囍」は一文字に見えますが、成り立ちは「喜」が二つ。中国では切り絵やご祝儀袋にも多用される定番の吉祥文字です。ラーメン丼で見かけたら、それはお店から客への”ダブルの祝福”。読み方は「シーシー(双喜)」で、覚えておくとカウンターでの蘊蓄がひとつ増えます。
模様の色と配置に隠れた”読み方”|赤巻・見込み・唐草
ラーメン丼の魅力は、描かれる図柄だけではありません。側面を彩る「色」、丼の内側「見込み」に配された絵、そして雷文以外の連続文様――そのどれもが意味を持ち、丼全体で一つの物語を語っています。ここでは一段深い”丼の読み方”に踏み込みます。
赤巻・青巻|丼の側面の色が持つ意味
王道のラーメン丼といえば、白地の側面を鮮やかな赤で染めた「赤巻」です。赤は中国で最もめでたい色とされ、魔除けや慶事の色。丼の側面をぐるりと赤で巻くことで、いかにも中華らしい華やかさと縁起の良さを演出します。一方、藍色(青)で巻いたものは「青巻(藍巻)」と呼ばれ、赤よりも落ち着いた印象を与えるため、そばや上品な和の店で好まれる傾向があります。赤巻は活気と食欲、青巻は清潔感と品格。同じ雷文でも、巻きの色一つで丼のまとう空気ががらりと変わるのです。あなたの行きつけの一杯が赤巻か青巻か、次に注目してみると、店主の美意識が透けて見えるかもしれません。
丼の内側「見込み」に描かれる絵の意味
丼の内側の底の部分を、専門用語で「見込み(みこみ)」と呼びます。スープを飲み干した先に現れるこの見込みにこそ、龍や鳳凰、双喜紋といった主役級の絵柄が描かれることが多いのです。これは偶然ではありません。食べ進めるほどに縁起物が姿を現す――つまり「食べ終えた人へのご褒美・祝福」という粋な演出なのです。スープを最後まで飲み干して初めて全貌が見える龍の絵は、「完食してくれてありがとう」という店からのメッセージにも思えます。海苔やチャーシューといった具材の下に隠れた縁起物を、食べながら少しずつ発見していく。丼は食べ手と一緒に物語を進める、いわば”食べる絵巻物”なのです。

ラーメンの丼に立てかけられた黒い板海苔——あれ、なんのために入っているか即答できますか?「彩り」「なんとなく」と思っている方、実はものすごくもったいない認識です…
唐草・青海波|雷文以外の縁起文様
雷文ばかりが注目されますが、ラーメン丼や中華の器には他にも縁起文様が使われます。代表格が唐草模様。蔓草が四方へ伸びていく様子を図案化したもので、生命力の強さから「子孫繁栄」「長寿」「一族の繁栄」を象徴します。風呂敷でおなじみのあの模様です。また、波が重なり合う青海波(せいがいは)は、穏やかな波が末永く続くことから「平穏な暮らしがいつまでも続くように」という願いを込めた吉祥文様。これらは雷文ほど頻繁ではないものの、和の要素を取り入れた丼や、こだわりの店の特注丼で見かけることがあります。連続する文様はいずれも「途切れない幸福」を願う、共通の思想でつながっているのです。
| 模様 | 由来・時代 | 込められた意味 |
|---|---|---|
| 雷文 | 殷・青銅器(前1500年頃) | 豊作・魔除け・永遠の繁栄 |
| 龍 | 古代中国の霊獣 | 天帝の使者・繁栄・出世 |
| 鳳凰 | 中国神話の霊鳥 | 高貴・幸運・夫婦円満 |
| 双喜紋(囍) | 中国の吉祥文字 | 喜びが重なる・慶事 |
| 唐草 | 蔓草の文様 | 子孫繁栄・長寿 |
模様を知ると一杯がもっと旨くなる|丼の”物語”を味わう食べ方
模様の意味を知った今、ラーメン丼はもう「ただの器」ではありません。三千年の歴史と、店主の願いと、幾多の職人の工夫が詰まった小さな宇宙です。ここからは、その物語をより深く味わうための、丼の楽しみ方と選び方をご紹介します。
丼を持ち上げてふちの雷文を眺める楽しみ
まず試してほしいのが、スープを飲むときに丼をそっと持ち上げて、ふちの雷文をじっくり眺めるという所作です。無限に続く角ばった渦、その始点も終点もない連続感。そこに「豊作」「魔除け」「永遠の繁栄」という願いが込められていると知ってから見ると、同じ模様がまるで違って見えます。熱いスープの湯気越しに揺れる雷文は、まさに天から降る雨の恵みそのもの。五感で味わう一杯に、”知識という調味料”が加わることで、ラーメン体験は何倍も豊かになります。ラーメンを愛する者にとって、丼は味わうべき対象の一部なのです。次の一杯では、麺と同じくらい丼のふちにも目を向けてみてください。
産地で選ぶ|美濃焼・有田焼の丼
丼を”選ぶ”視点を持つと、さらに世界が広がります。ラーメン丼の一大産地が岐阜県の美濃焼。日本の陶磁器生産の過半を占める一大産地で、丈夫で扱いやすく、業務用ラーメン丼の多くがここで作られています。一方、佐賀県の有田焼は白磁の美しさと繊細な絵付けで知られ、高級店やこだわりの店が特注の丼を誂えることもあります。同じ「赤巻に雷文」でも、産地や窯によって白の色味、赤の鮮やかさ、絵付けの筆致は微妙に異なります。行きつけの店の丼が持つ手触りや重み、色合いに目を向けると、店主のこだわりが見えてくるはずです。器は料理の額縁。名店ほど、丼選びに哲学が宿っています。
よくある誤解|渦巻き模様は「ナルトのグルグル」ではない
ラーメンにまつわる愛すべき勘違いの一つが、丼のふちの渦巻きと、具材のナルト(鳴門巻き)の渦を混同してしまうことです。「あのグルグルはナルトの模様を器に描いたんでしょ?」と思っている人が意外と多いのですが、これは誤り。丼のふちの模様は稲妻由来の雷文、ナルトの渦は鳴門海峡の渦潮をかたどったかまぼこの意匠で、両者はまったく別の由来を持ちます。偶然どちらも「渦巻き」であるために混同されがちですが、片や古代中国の縁起文様、片や日本の海の景勝地。ルーツを知れば、この二つの渦は似て非なるものだと胸を張って語れます。具材の話まで踏み込むと、ラーメンの世界はどこまでも奥が深いのです。

「ラーメンにトッピングを追加しますか?」──カウンターで聞かれるたび、なんとなく味玉を頼んでいませんか。実は、ラーメンのトッピングには**1910年代の「支那そ…
家庭で”店の味”を演出する丼選び
自宅でラーメンを食べるとき、丼を変えるだけで一杯の格が驚くほど上がります。ポイントは「深さ」と「口径」。ラーメン丼は麺・スープ・具材をゆったり泳がせるため、直径20cm前後・深さのあるものが理想です。そこに雷文や赤巻の一杯を選べば、家庭のインスタントラーメンでさえ、たちまち専門店の風格をまといます。器が変わると、不思議と味の感じ方まで変わるもの。視覚から入る”おいしさ”は、決して侮れません。縁起物の丼で食べる一杯は、豊作と繁栄の願いを日々の食卓に呼び込む、ささやかな縁起担ぎにもなります。お気に入りの丼を一つ持つことは、ラーメン好きにとって最高の自己投資かもしれません。
ラーメン丼の模様にまつわる雑学とトリビア
ここまで来れば、あなたはもう立派なラーメン丼通です。最後に、カウンターでつい語りたくなる、模様にまつわる小ネタを集めました。知っていると「へぇ」と言われること請け合いの雑学ばかりです。
「中華そば」の丼と現代ラーメンの丼、模様は違う?
昔ながらの「中華そば」を出す町の食堂と、現代的なラーメン専門店とでは、丼の趣が大きく異なります。町中華や老舗の中華そば店では、いまも赤巻に雷文・龍という王道の丼が現役で活躍しています。あの丼を見るだけで、どこか懐かしい昭和の空気が漂ってくるから不思議です。一方、近年の家系や二郎系、こだわりの一杯を出す新店では、無地の白丼や黒丼、店名やロゴを入れたオリジナル丼を使うことが増えています。つまり丼の模様は、その店がどんな系譜に連なるかを映す”名刺”のようなもの。丼を見れば、その一杯がたどってきた歴史がうっすら透けて見えるのです。

ラーメン屋の看板には「ラーメン」と書いてある店と「中華そば」と書いてある店がある。メニューを見ても、どちらも醤油味のスープに麺が入った料理にしか見えない。「中華…
インスタント・カップ麺にも雷文が描かれる理由
スーパーのカップ麺コーナーをよく見ると、パッケージの縁やデザインに雷文があしらわれている商品が少なくありません。これは偶然ではなく、「雷文=ラーメン・中華の記号」として消費者に刷り込まれているからです。私たちは雷文の模様を見ただけで、無意識に「ああ、ラーメンだ」と認識します。メーカーはこの視覚的な連想を巧みに利用し、パッケージに雷文を配することで「本格中華・王道ラーメン」というイメージを瞬時に伝えているのです。三千年前の中国の縁起文様が、現代のマーケティングの現場でも立派に機能している――雷文の生命力の強さには、ただただ感服するばかりです。
海外で愛される”RAMEN BOWL”デザイン
日本のラーメンが世界中で愛される今、あの雷文入りの赤巻丼は「RAMEN BOWL」として海外でも高い人気を誇ります。ニューヨークやパリのラーメン店では、あえて日本の伝統的な赤巻雷文の丼を使い、”本物感”を演出する店が数多くあります。海外の食器店では雷文柄のラーメン丼が土産物・インテリアとして販売され、雷文は今や「日本のラーメン文化を象徴するアイコン」として世界に発信されているのです。中国生まれの模様が、日本で丼の意匠として結実し、日本文化として世界へ広がっていく。一つの文様がたどったこの壮大な旅路もまた、ラーメンという料理の懐の深さを物語っています。
実は本場・中国では、雷文入りの「ラーメン丼」に相当する器はほとんど使われていません。あの丼は日本で完成した意匠のため、逆に「いかにも中国風の丼=日本のラーメンの象徴」という、少し不思議な逆転現象が起きているのです。中国から来た模様が、日本で”中国らしさの記号”になった――文化の面白さが凝縮された一例です。
まとめ|ラーメン丼の模様は三千年の願いが込められた縁起物
ラーメン丼のふちを彩る何気ない渦巻き模様は、稲妻をかたどった雷文という縁起文様でした。そのルーツは紀元前1500年頃の古代中国・殷の青銅器にまでさかのぼり、「豊作」「魔除け」「永遠の繁栄」という人間の根源的な願いが込められています。さらに丼には天帝の使者たる龍、皇后の象徴たる鳳凰、そして喜びが二重に重なる双喜紋(囍)まで描かれ、一杯のラーメンは実に多くの吉祥に囲まれているのです。
そして最大の発見は、この雷文入りラーメン丼が、模様こそ中国由来ながら「器そのものは日本の発明品」だということ。大正末期の浅草で、一人の陶磁器店主のひらめきから生まれた意匠が、百年を経て国民食の顔となり、いまや”RAMEN BOWL”として世界を巡っています。
次にラーメンを食べるときは、ぜひ丼を手に取り、ふちの雷文をじっくり眺めてみてください。無限に続く渦の中に、三千年の歴史と、店主の願いと、あなたの幸運への祈りが確かに息づいています。まずは行きつけの一杯の丼が「赤巻か青巻か」「どんな絵が見込みに隠れているか」を確かめることから。それだけで、いつもの一杯が忘れられない一杯に変わるはずです。

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